【分水嶺トレイル2019 参戦記②】「完走」ではなく「踏破」、「フィニッシュ」ではなく「生還」

2019年7月22日

LINEで送る
[`evernote` not found]

分水嶺トレイルから5日が経った。ようやく体が癒えてきたのでそろそろ振り返りを始めようと思う。

今回もいろいろあった。いろいろあっただけに感じたことも多いし、学んだことも多かった。何からどう書こうか迷うが、とりあえずあまり考えずに書いていこうと思う(笑)

まずは結果からご報告しようと思うが、その前にまずはいつもトレイルランのレポートで使っているワードを、分水嶺トレイル用に一部変換しておこうと思う。

タイトルにもあえて書いたが、

「完走」ではなく「踏破」
「フィニッシュ」ではなく「生還」

うん、圧倒的にこっちのほうがしっくりくる。

これだけで今回のレースがどんなものだったがなんとなく想像がつくかと思うが、さぁそれでは僕が体験(体感)した「分水嶺トレイル2019」のレポート開始。

結果報告

結果は、無事に「踏破」!

正確なタイムはわからないが、土曜日の零時に青梅をスタートして、長野県の獅子岩に「生還」したのが、月曜日の午後2時前。「62時間」もの時間を掛けて、なんとか120㎞を踏破することができた。

制限時間が64時間だったから、なんだかんだけっこうギリギリになってしまったが、無事に「分水嶺トレイル」を踏破することができた。

このあとのレポートの中で詳しく書いていくが、振り返れば振り返るほど、ひとえに「感謝」の一言しかない。

歩いただけとは思えないダメージ

まずはレースを終えて1週間経った現在の体の状況をご報告しておこう。あえてそんなことを書く理由は、もちろん「過酷さ」を伝えるため(笑)

今回は”トレイルラン”ではなく”山岳縦走競技”だったので、毛頭よりレース中に走る想定はしておらず、120㎞ひたすら歩くことが前提であった。(実際もひたすら歩き通した。)

山とはいえ、全歩きであればダメージもたいしたことなかろう、と思うなかれ。過去のロングレース後のダメージでは、今回が回復までに最も時間を要している。

レース明け5日経過した本日現在、”ようやく”体が癒えてきた、という状態だ。歳か?とも思ったが、3つ下の相方も似たような状況のようなので、歳ではなくやはり分水嶺トレイルが過酷だったのだろう(笑)

この一週間は、靴擦れやら打撲やらの「生傷」もさることながら、足の「浮腫み」がとにかくすごかった。これぞまさに「ゾウ足」。過去のロングレース後ももちろん足は浮腫んだのだが、今回はとにかく「浮腫みのレベル」がすごかった。

今回「筋肉痛」は皆無なのだが、「全身疲労」という意味では今回が断トツ。 トレイルランのレースとはダメージの種類が少し異なっている気がする。

レース後2日は使い物にならず、3日目にようやく徐々にむくみが引いてきたが、今もなぜだか両足の親指が痺れているし、”なんかダルい”と”なんか眠い”が週半ばまで続いた。

加えて、食べても食べてもお腹が減るし、食べても食べても体重や体脂肪はレース前のマイナス2~3kg(%)といったところをウロチョロしている(これはこれで嬉しいのだけど)。

この一週間はとにかく好きなものを食べた。アイス、お菓子、肉、ピザ、パン、麺、果物。暴飲暴食とまではいかないが、これだけ食を緩めて(普段もそこまでストイックではないけど)且つ運動もしていない状態で、体重と体脂肪が落ちたままなのだから、人間のカラダとは不思議なものだ。

いまだにエネルギーを燃焼しているということだろうか。

過去のロングレースと異なる点

あえて書く必要もないかもしれないが、ここまでレース後の体に”差”が表れていることが興味深いので一応書いておく。

過去のロングレースとは、”上州武尊”や”UTMF”のことだが、距離的には上州武尊:130㎞、UTMF:114㎞、分水嶺:120㎞と、「同等程度」だ。

ただ、圧倒的に異なっているのは、言わずもがな「累積標高」と「行動時間」である。

ざっくり比較すると、

<累積標高>
上州武尊 8,500mぐらい?
UTMF(A4忍野まで)4,500mぐらい?
分水嶺 12,000m

<行動時間>
上州武尊 35時間
UTMF 25時間
分水嶺 62時間

といった具合である。

なるほどなるほど、同等の距離でも、分水嶺の突出した”過酷さ”がよくわかる。

これだけ登ってこれだけ長時間行動すると、レース後の体はこんな感じになるのね、ということが身をもってよくわかった次第。今後に向けた良い学びだ。

ちなみに、「分水嶺特有のダメージ要因」を挙げるとすれば、今回のレースに限ってだが、まず一つ目は「雨」というコンディション(UTMFも雨だったが、さらされていた時間が違う)。二つ目は、10kg前後はあった「ザック重量」だろう。

雨×重量×急登による、足のふやけ&擦れの悪化、急登オンパレードによる肉体的・精神的ダメージ、そして単純に”重い”という負荷(これが地味に後半効いてくる…)。

これらも含めての分水嶺トレイルなのだろうだが、今年のコンディションは主催者からしても「これまでにあまりないレベル」だったそうな。

そんなレースをよく踏破したものだが、いずれにせよ、山猿マウンテン史上でも過去一番「過酷」であったことは間違いないと思う。トレイルランのレースがいかに守られた環境の中での山行かを思い知ったし、この分水嶺トレイルの先に存在する「TJAR(トランスジャパン・アルプスレース)」がいかにすごいレースなのかに、恐怖とワクワクとで身震いする。(出るとは言っていない)

とにもかくにも、これはトレイルランとは全くもって別の競技である。

次は今回のレースで感じた「核心(「学び」と言い換えてもいいかもしれない)」について、レースのハイライトシーンとともに振り返る。

参戦記③に続く。

▼参戦記③はこちら

▼関連記事

LINEで送る
[`evernote` not found]